雲の平(1983年8月)

投稿日: 1983年8月10日 | カテゴリ:『登山』>北アルプス

富山側から太郎平を経由して雲ノ平に入り、高天原を探索。伊藤新道を経由して信州側の湯俣に下りた山行記録。

1983年8月
8月10日
20:53 上野 発
8月11日
4:50 富山 着
7:30~8:00 折立
9:30~9:50 三角点
12:00~12:10 太郎小屋
12:30 薬師峠キャンプ場
8月12日
6:00 キャンプ地 出発
7:30~7:40 薬師岳
9:00~10:10 キャンプ地
13:20~13:30 薬師沢小屋
18:00 雲ノ平キャンプ地
8月13日
7:00 キャンプ地
10:15 高天原山荘
10:45~11:00 野天風呂
11:15~30 夢の原
11:45~12:30 野天風呂
15:00 雲ノ平キャンプ地
8月14日
6:30 キャンプ地 出発
9:40~10:00 三俣山荘
17:00 湯俣 着
8月15日
7:00 湯俣 発
8:40~50 高瀬ダム
10:20 七倉 着

上野からの電車は案の定混んでいた。最初から座れるなどと思っていなかったから、早々と床に座り込んで本を読み出した。森村誠一の『虚無の道標』という本が面白くて退屈しなかった。12時過ぎの減灯後も僅かの明かりを頼りに読み続けたほどだ。2時頃から床にゴロリとなって寝た。少しウトウトしたぐらいだが、前日休養を十分とっているので体力的にはさほど影響はない。富山へはこれで4回目だと思う。ビールを3本買い込んでリックに詰める。宿泊道具一式と6日分の食料でザックはパンパンに脹れている。

8月11日

富山電鉄は混んでいない。富山行きの電車の混みようは、やはりお盆の帰省客が多かったせいであろう。有峰口からのバスは小型のバスで折りたたみのイスを並べて補助イスとしている。バスが右、左にカーブするとそれにつられてイスが右、左に傾くからそのつど固定イスに捕まって支えなければならない。居眠りをしているどころではない。荷物代を運賃に近いほど取られているのに、と閉口した。たいした距離でなければ歩きたいぐらいだ。
折立で準備をして早速登り始める。ほとんどの人が小屋泊まりのせいか軽い荷物でスイスイと登って行く。何組かのパーティに道を譲った。でも休憩を取ったのは三角点ともう一ヶ所ぐらいであったから、太郎小屋に着いたのは追い抜いていったパーティとほぼ同じであった。太郎平への道はよく整備されている、なだらかな道だ。夜行、重荷の登行には比較的楽な登りだと思った。三角点までは樹林の道であるがそれを過ぎるとパット明るく開けた草原地帯の道でまことに素晴らしい気分を味わえる。
重い荷物が肩に食い込んでヒイヒイいったが、太郎平までは4時間ほどで着く。疲れたというほどのことではなかった。太郎小屋からキャンプ地までは20分ほどである。着いてテントを張り始めようとしたとき雨が降り始めた。雨は夕方ぐらいまで降ったり、止んだりしていた。夕方雨が上がった空には、雲ノ平や黒部五郎岳の雄大な姿を眺めることができた。

8月12日

寒さはぜんぜん感じなったが、ぐっすり眠れたわけではない。終始ウトウトして大学山岳部の連中に起こされた。朝食をとってサブザックで薬師に向かった。ガスコンロは軽くて携帯には良いが火力が弱いので炊事に時間がかかってしょうがない。夕食時など時間があるときはのんびり火をかけていればいいが、朝の早立ちの際などは少々イライラする。薬師への登りは薬師平から避難小屋までの登りが少々応える位で、後の登りはたいしたことはない。かの愛大生11人が遭難した東南稜が登路と直角に走っている。薬師岳頂上は避難小屋からひとつピークを越えたところだ。頂上には祠があり、眺めは素晴らしい。槍ヶ岳はどこから見ても目立つ山だ。穂先が突き出ているから他の山より断然高く見える。黒部五郎岳はカールを抱いた美しい山だ。その特徴ある姿が特に印象に残った。綿々と連なる山々はなんという山なのか地図を広げてみても解からない。ただこれから行く雲ノ平は、その形状や位置からそれらしいものを発見できた。今日は薬師沢泊まりの予定であったが、台風5号が接近してきているので雲ノ平まで足を延ばすことにした。薬師からのくだりの途中、地図を広げて綿々と連なる現実の山並との照合を行いながら山の確定を試みてきたが見慣れない山が多くてなかなか確定できない。薬師峠のキャンプ場までは好天の中を遊歩気分で下る。天幕の撤収に1時間ほどかかった。フライなどを干しながらゆっくりやったからであろう。
薬師沢への下りはたいしたことはないが沢を巻いてたどる路が長い。途中、川原でラーメンを食べる。岩魚を釣っている人がいたがあまり収穫はないようだ。やはり、かなりの時間をとってポイントなり、天候なりの好条件を待たないとそうは上手くかかってくれないみたいだ。黒部源流といってもかなりの人が入ってきている。岩魚釣りも良いポイントを探さなければ不可能になってきているみたいだ。せっかく竿を購入していったのに残念だ。薬師沢から雲ノ平への登りは応えた。2時間ばかりの急登だが、まだかなり荷が重たいのでアゴが出る。こんな具合だから薬師沢の水音がなかなか遠のかない。でも2時間ほどのエッチラオッチラのアルバイトでなんとかピークらしい所まで辿り着いた。途中追い抜いた30才ぐらいの夫婦ずれも大分応えていたみたいだ。なんとか平地に出たと思っていたら心配していた雨が降り出してきた。例の夕立だと思っていたし、路もはっきりしていたので何の不安もなった。森林地帯を抜ければギリシャ庭園といわれる草原地帯だ。雨の中の庭園歩きもなかなかおつな物だ。ただ、路が小さな川になってしまっているのにはマイッタ。雲ノ平山荘からキャンプ場までは20分ぐらいかかる。このキャンプ場の水は冷たくて非常にうまい。量も豊富だ。祖父からの傾斜地に広がるキャンプ場としてはかなり広い面積を持った所で、黒部五郎岳などのの眺めが素晴らしい。2500m近くの標高なので夏でも夜は冷え込む。夏の暑さに慣れた体には羽毛シュラフ1枚では寒いくらいだ。トイレのないのが唯一の欠点。

祖父から見た鷲羽岳
雲ノ平山荘付近
(バックは黒部五郎岳)
スイス庭園
(バックは水晶岳)
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イメージをクリックすると拡大版がみれます(以下同じ)。
8月13日

サブザックで高天原にでかける。高天原峠までの路が昨日降った雨でぬかるんでいて歩きにくかったが、岩苔小谷を渡ると高天原の草原地帯だ。広々とした草原の中に池塘が点在し、そこを綺麗な水が流れている。そして、薬師、水晶岳がそれに変化(コントラスト)を与えている。全くのハイキング気分での散歩が楽しめる。高天原山荘から15分位行ったところに露天風呂がある。僕の着いたときには掃除を始めるところだったので、奥にある夢の原まで足を延ばすことにした。夢の原は温泉から25分ほど奥に入った所で途中かなりの笹や藪漕ぎを強いられる。夢の原に先着していた人などは、さながら「露払い」といった感じだったという。ここはあまり人が入らないみたいだ。たぶん温泉で汗を流した後にここまで来る気持ちになれないのだろう。赤牛岳、薬師岳の巨体を左右に配し、竜晶池などの池塘群を鏤めた憩いの場所といったところだ。夢の原から戻ってくると掃除も終わっていたのでゆっくりと温泉に入った。泉質は硫黄泉で40度ぐらいかな。少しぬるいといったところだ。

高天原
高天原山荘
露天風呂
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8月14日

台風5号はまだ遅々とした動きで北九州南方の海上を北上している。しかし、偏西風に乗った場合、急速に速度を増すことが考えられるので、天候が怪しくなる前に雲ノ平を抜け出さなければならないと思っていた。きょう一杯は「天候はもつ」ということだったが、体力的にも3日の山行でかなり疲れていたし、今日中に安全な場所に着いておきたかったので、伊藤新道経由で湯俣に降りることにした。烏帽子までは稜線づたいで体力的にきついし、今日の泊りが稜線上のキャンプなので風雨に対する不安があったからだ。また、湯俣の露天風呂にも入ってみたいという気持ちもあった。要するにゆったりとした気持ちで山の疲れをとることができる場所への下山を望んだというわけだ。ところが、三俣山荘まで来てみると伊藤新道は「通行止め」だという。しかし、「第5の吊橋のところを渡渉し、2と3の吊橋のところを高巻きすれば」なんとかいけるという。これから鷲羽、ワリモ岳を超えるなどという元気はない。「7時間かかる」とはいうが明るいうちに着けると思ったので、少々不安であったが伊藤新道を下ることにした。結果的には、祖父を越えて東沢乗り越し、真砂沢経由で竹村新道を下りるといったコースが一番楽であったのかもしれない。

三俣山荘と鷲羽岳
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伊藤新道については基本的に廃道に近い。利用する場合でも必ず問い合わせておくことが必要だ。湯俣経由とすれば竹村新道が今後頻繁に使われるであろう。シーズン前に晴嵐荘で手入れするという。整備が比較的行き届いている北アルプスといえどもコースにおいては事前の調査が必要だ。

当時の伊藤新道ルート図


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